京都 光明寺(こうみょうじ)紅葉 & 黄葉    Komyoji Temple   Red or yellow leaves of autumn  23.Nov.2005    天空仙人の紅葉のびんづめ


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京都 光明寺(こうみょうじ)

Komyoji Temple

京都府長岡京市粟生西条内26―1

26-1,Saijo-No-Uchi,Ao,Nagaokakyo-Shi,Kyoto


京都の西南、西山連峰がたおやかな稜線を描き、美しい竹林や杉、松の森に囲まれた粟生の里は、 法然上人が初めて「お念仏」の教えを説かれたところです。 それから800年、当本山は西山浄土宗総本山、報国山光明寺として法然上人の教えを受け継いできました。 総門の前に立つ「浄土門根元地」という石標はそのことを表しているのです。

当山の開山第一世は法然上人ですが、 建久2年(1198年)の創建に力をつくしたのは「平家物語」や謡曲の「敦盛」に登場する熊谷次郎直実です。 武土として戦乱に生きた直実は自らの罪の深さにおののいていました。 しかし、法然上人の「どんなに罪が深かろうと念仏を一心に申せばかならず救われる。」というお言葉に、 その場で出家を決意したといわれています。 その直実が熊谷蓮生法師として、念仏一筋に暮らした念仏三昧院こそが光明寺の前身なのです。

西山のふもとに広がる光明寺の境内は、秋になると鮮やかな紅に染まる楓の木がたくさんあります。 春の桜の華やかさ、初夏の楓の青葉も印象的。

竹林に雪が降りかかる冬の美しさも格別です。境内は紅葉の時期をのぞいては、いつも静かで、 何種類もの野鳥のやさしげな声や木々の間を吹き抜けてくる柔らかな風にも気づかれることでしょう。 阿弥陀様のお慈悲に包まれでいることを実感できる、本当の意味での「いやしの空間」です。

一日ゆっくりと西山で過ごすなら、当本山と善峰寺や楊谷寺をめぐる「京都西山三山」のルートをおすすめします。 西山の自然と、生きた信仰の場である三山を訪れることによって、深い心の安らぎや明日への希望を感じられることでしょう。


当寺は西山浄土宗の本山で、寺伝によれば、建久9年(1198)に蓮生法師(熊谷次郎直実)により創立され、 法然上人を開山第一世としています。

境内は広く、洛西一の伽藍を誇り、主要な建物は山内に点在して廊でつながれています。 応仁、元亀、天正の兵火にあい、江戸時代には享保19年(1734)の火災により焼失し、大半の建物はそれ以後の建立です。

総門をくぐり、美しい石畳の参道を登ると、正面に壮大な御影堂が、その右奥には阿弥陀堂があります。

御影堂は宝暦3年(1753)の再建で、派手な装飾はないが全体的後世の整美性を意匠の主眼としたものです。 阿弥陀堂は寛政11年(1799)の建立で、本堂より少し華やかな造りになっています。

御影堂の後方にある御廟は明暦2年(1656)の再建で禅宗様を基調とした華麗な造りです。 軒下回りの組物には多くの彫刻が施され、廟内の板壁は飛天や雲、蓮の花などが極彩色で描かれています。

その前にある拝殿は山内では最も古い承応2年(1653)の建築です。 御影堂の左下には元文元年(1736)の釈迦堂、勅使門があり、庫裏、講堂へと続きます。

天保4年(1833)に建立された講堂は食堂とともに浄土宗寺院でも檀林(仏教の学問所)に関する類例の少ない遺構群であります。

長岡京市教育委員会 案内板より


紅葉のびんづめ飛べ 天空仙人さくらのかんづめ旅のかけら


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